井上真偽「その可能性はすでに考えた」

その可能性はすでに考えた 2015/9/10 井上 真偽 商品詳細を見る

★★★★☆

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　【内容紹介】

　かつて、カルト宗教団体が首を斬り落とす集団自殺を行った。その十数年後、唯一の生き残りの少女は事件の謎を解くために、青髪の探偵・上笠丞と相棒のフーリンのもとを訪れる。彼女の中に眠る、不可思議な記憶。それは、ともに暮らした少年が首を斬り落とされながらも、少女の命を守るため、彼女を抱きかかえ運んだ、というものだった。首なし聖人の伝説を彷彿とさせる、その奇蹟の正体とは…!?探偵は、奇蹟がこの世に存在することを証明するため、すべてのトリックが不成立であることを立証する!!

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　ひとつの事件に対して、推理が構築されては否定されるを繰り返す展開で、多重推理モノの本格ミステリと言えます。
　しかし本作で特徴的なのは、奇跡を証明するために、すべての推理が成立しないことを立証する点です。謎解きを披露する人物は複数人登場しますが、彼らは真の探偵役ではありません。真の探偵役である主人公は、彼らの推理を次々と否定していくという、通常であれば犯人役となるポジションに立っているのです。
　「すべてのトリックが不成立であることを立証する!!」という謳い文句は、ミステリファン殺しです。
　本事件では、事件解決への推理は「可能性さえ示せればよい」というのが斬新です。奇跡の存在を証明する探偵役に立ち向かうには、それだけで良いのです。そして探偵役が行なうのは、その「1%でも成立の可能性のある推理」が成立しないことを証明することです。いわば悪魔の証明となります。
　本書ですばらしいと思ったのは、普通であれば、次々と推理が否定されて続けた果てに見える景色というのは、完全な謎解きによる事件解決です。しかしながら本作品においては、数々の推理が否定された結果、それとは全く逆の景色が読者の前に現れます。推理を否定続けた果てに見えてくるこのような逆説的な展開は、多重推理モノでは過去に類の無いものです。個人的にいままで推理小説を読んで来て初めて見た光景です。これだけでも本作を猛プッシュします。
　読んでいて、中盤、推理の応酬が激化して、依頼者が完全に置いてけぼりを食らう様子は、この人たち何やってるのかもはや分からない状態になるのが面白いところ。「人を描く」何それ美味しいの？とでも言わんばかりの純粋に謎解きを楽しむ推理ゲームと化しています。これはこれで本作品らしい展開で、個人的には好きなのですが、最後の最後に明らかにされる真相で、こういった推理ゲームによって割を食った部分をきちんとフォローしているのが良いです。フーダニット、ホワイダニット、ハウダニットをビシッと揃えた上での、大ボリュームの多重推理、そしてクライマックスは人の心を描いてまとまりよく閉幕する――全体としてはバランスが取れています。
　井上真偽さんの本職が何なのか分からないのですが、数学や哲学の論理学の心得があるガチの方ではないでしょうか。かなり切れる方だと思います。クライマックスで探偵役が追い詰められた後の切り崩し方、論理の穴の説明を読むと、それだけで従来のロジック重視の本格ミステリとは一線を画していることが分かります。今後どのような作品を生み出すのかたいへん楽しみ。間違いなく期待の新人です。